「東京の新築マンション平均価格が1億円を突破」
「不動産は立地がすべて。23区内なら資産価値は落ちない」

現在、日本の不動産市場ではこのような言葉が神話のように語られています。

しかし、今の常識で35年のフルローン(最近では、50年ローンもある!)を組み、都心の狭いマンションを買うことは、実は非常にリスクの高い「賭け」かもしれません。

なぜなら、2040年頃に普及する「あるテクノロジー」が、私たちの「立地」に対する価値観を根本から破壊しようとしているからです。

1. 「移動時間」が「生産的な時間」に変わる衝撃

鍵を握るのは、「レベル4以上の自動運転車」の普及です。

私の予想では、2040年頃には200万円程度の大衆車にも高度な自動運転機能が標準装備され、月額1万円程度のサブスクリプションで誰でも利用できるようになります。(本当はもっと早く達成して欲しいと考えますが、現在の日本の状況では、そのあたりが現実ラインだと思います。)

この進化は、単なる「運転の自動化」に留まりません。「車内空間の定義」を劇的に変えるのです。

自動運転車の中では、ハンドルを握る必要はありません。

* ゆっくりと眠りながら移動する。
* デスクを広げて、集中して仕事を片付ける。
* 大画面で映画を楽しみ、リラックスする。

こうなると、移動時間はもはや「耐えるべき無駄な時間(コスト)」ではなく、「自由な時間(ベネフィット)」に変わります。

2. 「駅近」の優位性が崩壊する理由

これまで、不動産の価値は「駅からの距離」で決まってきました。

しかし、自動運転が当たり前になれば、わざわざ駅まで歩き、満員電車に揺られる必要がなくなります。

むしろ、職場まで中途半端に20分で着いてしまうより、「45分〜1時間くらい離れていた方が、仕事や読書にまとまった時間が取れて有意義だ」と考える層が確実に現れるでしょう。

その結果、何が起きるのか。
これまで「都内・駅徒歩15分以上」という、利便性が中途半端だった物件の価値は暴落します。

一方で、埼玉や千葉といった郊外の、自然豊かで広い庭を持つ戸建ての価値が見直されることになります。

3. ファミリー層が都心を見捨てる日

現在、共働き世帯が都心に固執するのは「時間の節約」のためです。

しかし、自動運転は「家族の制約」をも解放します。

例えば、子供の塾や習い事への送迎。親がハンドルを握る必要がなく、車が勝手に送り迎えをしてくれるようになれば、郊外に住むデメリットの多くが消失します。

また、行政手続きのオンライン化が進めば、「どの自治体に住所があるか」という意識さえ希薄になるでしょう。

かつてのアメリカで、富裕層がマンハッタンのマンションを所有しつつ、週末は郊外の大邸宅で過ごすライフスタイルを確立したように、日本でも「平日は機能的な拠点、生活の基盤は豊かな郊外」という二極化が進むはずです。

利便性を最優先する学生や独身者は都心に残るでしょう。

しかし、QOL(生活の質)を重視するファミリー層は、高いローンを払ってまで狭い都心に住む理由を失い、次々と都外へ流出していくことが予想されます。

4. 「法整備」という懸念への回答

「日本は法整備が遅れている」「事故の責任の所在はどうなるのか」という慎重論もあります。

しかし、この議論の結論はすでに見えています。

責任は「保険会社(またはメーカー)」が負う。これ以外に選択肢はありません。

ドライバーに責任がないシステムだからこそ普及するのであり、万が一事故が起きた際の補償は、既存の損害保険の延長線上、あるいは車両代金やサブスクに含まれる保険料でカバーされることになるでしょう。

恐らく、TOYOTAやHONDAといった会社は、自前の保険会社を持つのではないでしょうか。テスラがそうしているように。

もし事故が頻発するようなシステムがあれば、マーケットの原理(いくら金銭的に問題が発生しなくても、自分の乗っている車で人をはねる可能性があるという事実は受け入れられない)によって自然と排除されます。

私たちが心配せずとも、テクノロジーと市場原理が解決していく問題なのです。

結論:今の「1億円」は30年後も維持されるか?

今、無理をして高額な都内マンションを買い、長いローンを背負っている人々を見ると、私は「それが将来、大きな負債にならないか」と危惧してしまいます。

2040年、自動運転車が街を埋め尽くしたとき、かつての「立地信仰」は過去の遺物となっているかもしれません。

「駅から遠くても、広くて静かで、自動運転車が迎えに来てくれる家」

そんな未来のスタンダードが到来したとき、今の都心バブルはどのような結末を迎えるのでしょうか。

不動産という大きな買い物をする今だからこそ、私たちは「現在の常識」ではなく「20年後の技術」を基準に思考する必要があるのです。

そして、地方自治体においても、再編への大きな起爆剤になるでしょう。

なにしろ、引っ越しというものが、物理的にも精神的にもとても簡単になり、「自分はどこの市に住んでいる」という意識が希薄になるのですから!